PAGE TOP ▲

時間と場所にとらわれない生き方・働き方をコンセプトに、おすすめできるモノ・コトを発信するブログ

TOP 札幌・円山に引っ越しました。横浜移住の計画が一頭の鹿で変わるまでの一部始終。

札幌・円山に引っ越しました。横浜移住の計画が一頭の鹿で変わるまでの一部始終。

  • 公開日:2026年7月7日
  • 最終更新日:2026年7月7日
  • カテゴリ:

2026年6月18日、5年暮らした北海道の安平町を離れて、札幌市中央区の円山エリアに引っ越しました。

もともとは今年の11月に横浜へ移住する計画を進めていたので、自分でも思いがけない着地です。きっかけは一頭の鹿と、一つのポリープでした。

この記事では、計画が変わっていった経緯を、かかった費用や物件探しの条件まで含めて詳しく残しておきます。

横浜へ移るはずだった

昨年の2025年11月27日から29日の3日間、胃と大腸の検査を受けました。50歳を超えたこともあり、一度きちんと調べておこうと思ってのことです。

その検査で大腸にポリープが見つかり、その場で切除しました。結果は良性で、医学的には何事もなく終わった話です。

それでもこの経験は、私の中に健康年齢という物差しを残しました。

寿命とは別に、健康なまま自由に動ける時間には限りがあって、それは思っているより短いかもしれない。行きたい場所へは、行けるうちに行っておきたい。

横浜は、20年以上通い続けてきた街です。桜木町や野毛の路地、弘明寺の商店街。観光ではなく、ただその街の空気の中を歩くためだけに、何度も足を運んできました。

いつかは腰を据えて暮らしたいという気持ちは、ずっと心のどこかにありました。それが、今年の11月に移住する、という具体的な計画に変わったのは、この検査の後からです。

実は移住の計画が大きな出来事で崩れるのは、私の人生で二度目です。2011年には藤沢の辻堂へ移るために一年かけて準備をして、部屋の契約まで済ませていたのに、その数日後に東日本大震災が起きて計画は白紙になりました。今回の話は、その15年後の続編ということになります。

資金計画も立てていました。引っ越しの際に車を手放して、その売却額を移住資金に充てる。査定では110万円ほどで売れる見込みでした。

4月16日の夜に計画が変わった

今年の4月16日の19時頃、仕事帰りの妻が運転する車が、安平町内で鹿と衝突しました。

北海道で暮らしていると、鹿との事故は決して珍しくありません。それでも今回は当たりどころが悪く、妻は腰を痛めてしまい、車はエンジンこそ掛かるものの大きな異音がする状態になりました。

車はレッカーでいったん保管され、その後千歳の修理工場へ運ばれました。出てきた修理見積もりは、100万円を超えていました。

100万円以上かけて直しても、出来上がるのは事故歴のある車です。それは馬鹿らしいという結論になり、修理はせずに廃車にしました。

110万円で売れるはずだった車が、一晩でゼロになりました。横浜への資金計画は、ここで根元から崩れたことになります。

出した答えは札幌に戻ることだった

車がないと、安平町では生活が成り立ちません。セブンイレブンまで車で20分という土地です。

中古車を探し始めたものの、買えば50万円から100万円はかかりますし、その後も任意保険、自動車税、車検、燃料代と、維持費だけで年間数十万円が出ていきます。売却資金を失った上に中古車を買っていては、11月の横浜はどう計算しても届きません。

見積もりを眺めながら、ふと、札幌に戻ろうか、と考えました。

札幌の中心部なら、車のない生活が成り立ちます。中古車にかける50万円から100万円と、その先の維持費を、まるごと横浜への資金に回せる。

ポリープの一件で健康年齢を意識するようになっていたことが、この判断を強く後押ししました。11月の横浜をいったん諦めるのは悔しいけれど、2年間札幌で暮らしを立て直して、それから改めて横浜へ向かう。そのほうが確実だと考えたのです。

円山の部屋が決まるまで2ヶ月かかった

引っ越し先は、消去法で円山エリアに絞られていきました。

私は45年間札幌に住んでいた人間なので、土地勘だけはあります。車のない生活が前提なら利便性で中央区一択、他の区は考えませんでした。

結婚してから安平町へ移るまで暮らしていた宮の森も懐かしい候補でしたが、あの辺りは高台にあるので、車なしでの暮らしは現実的ではありません。冬の雪を考えると地下鉄沿線が絶対条件で、必然的に東西線の西11丁目駅から西28丁目駅までの範囲に絞られました。

物件の条件は、鉄筋コンクリート、2LDK、都市ガス、エアコン付き、家賃10万円以内。木造は音の問題があり、プロパンガスは光熱費が跳ね上がり、近年の札幌の夏はエアコンなしでは乗り切れません。夫婦それぞれの仕事部屋を考えると2LDKは譲れない線でした。

条件として特別に贅沢を言っているつもりはなかったものの、この掛け合わせで探すと、該当する物件はかなり限られます。

探し始めたのはGW前でした。人気のエリアだけあって入居審査が厳しく、2件続けて落ちて、3件目でようやく通りました。部屋が決まったのは6月の初旬です。

これから都市部への引っ越しを考えている方は、審査に落ちることも前提にして、スケジュールに余裕を持たせておくことをおすすめします。

引っ越し業者は3社から選んだ

業者選びでは一括見積もりサイトを使わず、1件ずつ自分で連絡して見積もりを頼みました。

実際に見積もりまでお願いしたのは、サカイ、ソルジャー、エールの3社です。金額はサカイが16万円、ソルジャーが16万円、エールが11万円。エールだけが5万円も安かったので、ここにお願いすることにしました。

同じ荷物、同じ移動距離で5万円の差が付くのですから、引っ越し料金の定価というものが、いかにあってないようなものかが分かります。面倒でも複数社から見積もりを取る価値は十分にあると、改めて感じました。

サカイの営業の方からは、この場で決めてもらえれば16万円、そうでなければ18万円になり、後から電話をもらっても安くはしないし、お断りするかもしれない、という説明を受けました。

これまでに2回お願いしたことのある会社でしたが、今後頼むことはないと思います。

営業の方の一言で、会社全体の印象が決まってしまう。フリーランスとして働く自分にとっても、これは他人事ではない話だと感じました。

ここまでのお金の動きを整理しておくと、次のようになります。

  • 車の修理見積もり:100万円超 → 修理せず廃車
  • 失った車の売却見込み額:約110万円
  • 買わなかった中古車:50万円〜100万円+年間の維持費
  • 引っ越し費用(エール):11万円

眺めてみると、車を諦めたことで浮いたお金が、そのまま2年後の横浜への資金に置き換わった形です。鹿に感謝するのは違う気がしますが、計算の上では悪くない着地になりました。

安平町での5年間は静かな幕間だった

安平町に移ったのは2021年5月、コロナ禍の真ん中でした。

朝は安立寺から道の駅のD51ステーションまで歩いて、SIESTEでコーヒーを一杯飲んで帰る。日中は写真を撮り、気が向けば文章を書く。そんな5年間でした。

追分の空は広くて、季節ごとに景色の色が丸ごと入れ替わっていく土地でした。あの空の広さは、この先もずっと思い出す気がします。

いま振り返ると、あの頃の私は、人生でいちばんやる気のない時期にいました。鬱というほどではないけれど燃え尽きに近い状態で、先のこともあまり考えず、ただぼんやりと日々を過ごしていました。

安平町へ移る少し前、私は仕事への意欲をほとんど失っていました。机に向かう気力が湧いてこない日が続いて、それでも締め切りのある仕事だけは何とかこなす、という状態だったのです。

それが分かるのは、今やる気が戻ってきたからです。

札幌に戻って2週間、街を流れる時間のスピードは安平町とはまるで違っていて、その速さに体が馴染んでくるにつれて、次にやりたいことが勝手に湧いてくるようになりました。

この感覚は数年ぶりのことで、今回の引っ越しでいちばん大きな収穫は、部屋でも街でもなく、この気持ちの変化かもしれません。

誤解のないように書いておくと、安平町が悪かったのではありません。あの町は物凄くいい所でした。

何もしなくていい5年間を許してくれた場所で、出会った人たちも含めて、行って心から良かったと思っています。

私の人生を一冊の本にたとえるなら、あの5年間は章と章のあいだにある、静かな幕間のような時間でした。本編を続けるために、必要な休みだったのだと思います。

2年後の横浜に向けて準備を始める

これからの2年間は、札幌の円山で車のない暮らしをしながら、横浜行きの準備をしていきます。

円山は、歩いていける距離に本屋も美術館もあり、久しぶりに会える人たちもいる、私にとってははじめから勝手の分かる街です。かつて暮らした宮の森のすぐ隣なので、ちょっとした里帰りのような感覚もあります。

車を手放した生活がどこまで成り立つのかは、これから2年かけて確かめていきます。地下鉄と徒歩だけの暮らしで何が変わるのかも、このブログの題材にするつもりです。

健康年齢のことを考えると立ち止まっている時間はなくて、今は楽しいことしか考えられない、というのが偽らざる気持ちです。

このブログも、この記事から再開します。最後の更新が2024年1月だったので、2年半ぶりです。

日々の短い文章は毎日更新しているnoteに、こうして腰を据えて詳しく書く記事はこのブログに。そういう役割分担で、札幌での暮らしのこと、写真や映像のこと、食べ歩きのことなどを書いていくつもりです。

札幌にお住まいの方、近くへ来られる方は、ぜひ気軽に声をかけてください。

やる気しかない、と書きましたが、部屋にはまだ開けていない段ボールが残っています。横浜の準備の前に、まずはこれを片付けようと思います。

ヤマダソウイチロウ

ヤマダソウイチロウ・1975年3月7日生まれA型、現在51歳。映像制作を中心に、クリエイティブな活動しています。詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。

Youtubeチャンネルも開設していますので是非御覧ください!
CURRY LIFE
Soichiro Yamada